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大阪簡易裁判所 昭和47年(ろ)1425号 判決

主文

被告人は無罪

理由

本件公訴事実は、被告人は自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四四年一月一八日午後一〇時五〇分頃、普通乗用自動車を運転し、大阪市東成区森町南二丁目四番地先路上を東から西に向かい時速約七〇キロメートルで進行中、指定の最高速度四〇キロメートル毎時を守り前方左右を注視し進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、時速約七〇キロメートルでカーラヂオを聞きながら前方注視を怠り、同所を南から北へ横断歩行中の伊藤賢二を約一四、五メートルの地点にようやく発見した過失により、同人に自車右側前部を接触させ、さらに折から同所を西から東に向つて進行中の辻原治二郎運転の普通乗用自動車に同人を接触させて、路上に転倒させ、同人に加療約五ヤ月を要する頭部打撲挫創等の傷害を負わせたものであると云うのである。

よつて考えるのに、〈証拠・略〉によれば、被告人は前記日時場所で、普通乗用自動車を運転して東から西に向つて進行中、伊藤賢二に自車右側前部を接触させ、更に同所を西から東に向い進行中の辻原治二郎運転の普通乗用自動車に同人を接触させて路上に転倒させ、同人に傷害を負わせたことは明らかである。

そこで右傷害が被告人の業務上の過失に基因するものであるかを検討するのに、〈証拠略〉によれば、被害者伊藤賢二は当夜新年宴会の帰途タクシーを呼び止めるため、同所交差点西側の横断歩道付近を、赤信号を無視して南から北に駈け渡り、折から西から東に向かい進行して来た松本安雄運転の普通乗用自動車に驚いて急遽南へ引き返そうとしたところ、青信号に従つて東から西に向かい進行して来た被告人運転の自動車に(被告人は被害者の姿を認め急ブレーキをかけたが約一四、五メートル先の地点で)接触したものであることが認められる。そうすると、被告人は信号に従つて進行していたのであるから、その直前を信号を無視してとつさに横断しようとする歩行者のあることまで予想して運転する義務はないものと云うべく、更に又被告人がその進路に駈け込もうとする伊藤賢二を認め直ちに急停車の措置をとつてから接触するまでの距離は約一四、五メートルであるから、この距離は仮令被告人が制限時速四〇キロメートルで走行していたとしても接触は避け難かつたものと認むべく、従つて、本件事故は被害者の一方的過失に基くものであつて被告人には過失はなかつたものと認められる。

次に、本件公訴事実中被告人の過失の事由として掲げる(一)、被告人は時速約七〇キロメートルで進行中との点につき考えるのに、被告人の司法警察員に対する供述調書にはその旨の記載があるけれども、第三回公判調書中証人松本安雄の供述部分、司法警察員作成の実況見分調書(被告人が急ブレーキをかけてから停車するまでの距離は約二八、八メートルであるから時速七〇キロメートルでは停車し得ない距離である)、被告人の当公判廷での供述によれば、真実性に乏しく、制限時速四〇キロメートルを多少超過していたとしても七〇キロメートルは出ていなかつたものと認められる。しかしてその時の実際の速度を確認するに足る証拠は全く存しない。更に(二)、被告人はカーラヂオを聞きながら前方注視を怠つたとの点について考えるのに、そのカーラヂオを聞いていたことは被告人の当公判廷で自供するところであるが、そのため直ちに前方注視を怠つたと断ずることはできない。而して、その他当公判廷で取調べたすべての証拠によるも本件傷害が被告人の過失に基くものである事実を認定するに足る資料はない。

すると、本被告事件については犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第三三六条によつて主文のとおり判決する。 (谷村経頼)

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